天穹に蓮華の咲く宵を目指して
   〜かぐわしきは 君の… 2

 “鳳仙華"  前編



採寸に行ったその翌日の夕方には、
仕上がったよというお電話があって。
焦らずの念入りに手掛けたから、
まあ楽しみにと、おじさんが からからと笑ってから、
向こうの電話口がおばさんに交替して、
週末の花火大会へ着て行くのでしょ?
だったらその前にウチへ寄りなさい、と言われた。

 【だってあんたたち、着付け出来るの?】
 【ありゃ。】
 【やっぱりねぇ。】

そんなこったろうと思ったよと、
やっぱり ころころと笑われて。

 【おばさんが着せたげるから、
  お風呂入ってから真っ直ぐおいで。】

何から何まですみませんと、
相変わらずのちょっぴりふやけた笑顔で応対し、
それでは…と切った携帯での会話。
まだちょっと明るいけれど、
刻んだ材料をよーく炒めて馴染ませていた段階から
美味しそうだと大騒ぎしていたイエスに急っつかれ、
早めの夕食となったの、
卓袱台まで運んで来たブッダへそのまま報告すれば、

 「そっか、着付けってのもあったんだねぇ。」
 「温泉で着た浴衣とは違う作法があるみたい。」

結構日本通な方の彼でも、そこまでは詳しくなかったようで。
下駄も履くなら馴染ませといた方が良いよって追加情報へ、

 「そうだね、明日にでも見に行こう。」

優しく目許をたわめ、楽しそうに相槌を打つ彼の、
名シェフとしての手による今宵の御馳走は、
賽の目切りにした夏野菜がたっぷりのキーマカレーと、
枝豆入りのポテトサラダに、冬瓜入りの冷製コンソメスープで。
お好みでご飯を盛ったお皿へ、
風味の良いカレーをかけるシェフ殿のお手伝い、
サラダやスープ用のカップをトレイから卓袱台へ移し、
冷やした天然水を氷の入ったグラスへ注ぎ分けて、
それもまた卓袱台の定位置へとイエスが並べておれば、

 「イエスってサ、
  グラスとか口の小さめの鉢とか、
  そうやって手を上からかぶせるようにして持つよね。」

メインをセットし終えたブッダが、
スプーンとお箸を並べ、さてと ちゃんと正座してのこと、
向かい合うイエスへそんなお声をかけてくる。
指摘されたそのまま、自分のグラスを置き掛かっていたイエスは、
その手元を見下ろすと、ああと苦笑をし、

 「うん。私って熱いものを持つのが苦手でね。
  それでつい、こうやって持ち上げる癖がついたらしくて。」

今や冷たいものまで同じと言って
たははと笑うと、

 「口をつけるところを持つなんて
  お行儀が悪いよね、ごめんね。」

あらためなきゃねと言い出すが、
ブッダは ああ違うんだと
それこそ少し慌てて ううんとかぶりを振って見せ、

 「そうじゃなくて、あのね。」

あらためなきゃねと言いつつ、
まだグラスにかぶさっているイエスの手を見やり、

 「何か男らしいなって。
  カッコいいなって思ったから、その…。////////」

長い指と危なげなく掴める力強さと。
そんな粗削りな所作がワイルドだなぁと、
無造作にそんなことをやってのけてしまうイエスへ、
今時で言うところの“萌えた”らしく。
どう言えば良いのかと、語尾と共にもじもじと視線も泳いでしまうブッダは、
もうすっかりと“通常運転”に戻っておいで。

 「注意したんじゃないから気にしないでね。」
 「うん。」

手を合わせ、声を合わせて“いただきます”と言い合って、
なまめかしいとろみへスプーンを入れれば、
香ばしい辛さの中にいろんな甘さや旨みが散りばめられた、
美味しいのが口いっぱいを凌駕する。

 「ご飯との相性もいいけど、あ、でもちょっと辛い〜〜〜。」
 「大丈夫かい? 生クリームを足そうか?」

ん〜〜〜っと目許を食いしばるイエスだったのへ、
ブッダがおろおろしかかったものの、

 「大丈夫。だって私、ワサビの一本食いをした男だよ?」
 「…そ、そういや そうだったねぇ。」

でも、あれって速攻でウリエルさんを呼んでたような。
ホントに大丈夫?と案じるブッダに
神の和子様は、辛いけど美味しい〜〜っと楽しそうに笑って見せた。

 “もうもう、やせ我慢もほどほどにしないと。”

でもね、きっと嘘ではないから。
数日も経てば、懲りずにまた食べたいって言うイエスなのに違いなく。

 “最強の天然さんだものねvv”

ふと、まだ甘酸っぱい感触も生々しい
昨日の朝の騒ぎを ふと思い出すブッダであり。


  『船酔いしただけはよかったよね。』


そもそも、それでなくとも甘え下手だったところへ、
さあどうぞと進呈された“特別な好き”は あまりに甘くて大きくて。
イエスからの言葉と態度での惜しみない“好きだよvv”へ、
照れつつもうっとりしていた反面、
こちらからは
その“大好き”の一言も恥ずかしくて言えないままなのが歯痒いと。
初心者ならではのジレンマに焦れていたところへの、

 イエスが口にした“内緒vv”というちょっとした悪戯心を
 どうしてだろか、安穏と受け止められなくて…。

今にして思えば、
あの石窯スチームオーブンをプレゼントしてくれたときだって、
不器用なりに内緒だというポーズを取ってた彼なのだ。
こういう楽しいサプライズが大好きなイエスだってことは、
もう知っていたはずなのにね。
アルバイトからして訊きそびれていた間の悪さが重なって、

 何もかも知りたいという欲張りな気持ちと、
 傾倒しすぎては危ないぞとする警鐘とが、
 どっちも譲れぬとブッダの中で強く拮抗し過ぎた挙句に

舵取りも侭ならぬまま、大きく混乱してしまったのだと思う。

 『ブッダは生真面目だからね。』

好きだから、なんてな曖昧さでは片付けられないとする、
実直で頑固な気性がついつい出てしまって。
それで困惑しちゃっただけのことだと。
他でもない問題の根源様からずばりと指摘され、
大丈夫だよと励まされてしまっていては

 “ホント、世話はないけれど。///////”

イエスだって
そもそもはアガペーをだけ振りまく主様なのだから、
恋愛経験とやらは皆無なはずだのにね。
相手が私だとはいえ、
好きを意識してからこっちという
蓄積の差っていうのはやっぱり大きいのかな。

 「……。//////」

ぐるぐるとしちゃうのは、そう、イエスが好きだからに他ならぬ。
朗らかで甘えん坊で、圧しに弱くてちょっぴり怖がりで。

 でも、いざという時に、いつも傍にいてくれて。

今度の騒動でも、
呆れてしまわず、手がつけられぬと逃げ出しもせず、
それは粘り強く諭してくれたイエスのお陰様。
あの広場にて、螺髪が再び結べるまで、
きっちり回復したくらい。
でもね、
お手上げと見捨てて行かない頼もしさを
もしも讃えたなら、

 『当たり前じゃないの。
  だって私、ブッダが大好きなんだから。』

きっとけろりと、臆面もなくそう言いのけちゃうんだろうな。
自然体の気負わなさが、それはそれは頼もしい。

 「うう、汗がいっぱい出ちゃったよい。」

でもやっぱり美味しかったぁvvと、
御馳走様と同時、後ろ手をついての伸びかかりつつ、
それでも満面の笑みで言ってくれるのが、
嬉しくてたまらないブッダであり。

 「私たち、結構長いことお付き合いはあったはずなのにね。」
 「んん?」

汗をふいてと絞ったタオルを渡し、ウチワで扇いであげながら、
ふとブッダがしみじみとした言いようをする。
どちらも人々を導く立場の存在であっただけに、
ミレニアムを二つ分、天世界から地上を見守っていた彼らであり、
そんなところからも交流は多く、互いへの理解も深かったつもりだったのに。

 「なのに、今になって、
  こうやって暮らしてみて初めて知ったことって、
  一杯あるなぁと思って。」

いかにも男臭く拵えられる風貌でありながら、
なのに人当たりは甘くて柔らかで。
純真素朴で人懐っこくて、
話し始めるとその聡明さに添うように広がる、
何とも柔軟な思考が心地いい。

 そんな
 気立てのいい優等生だとばかり思っていたのにね

 「初物食いでネトゲ大好きの、今時の人だっただなんて。」

ブッダが ふふふと楽しそうに微笑えば。
今度は下からだとはいえ、
やはり縁回りを指先で支えて
冷たい水を満たしたグラスを口にしていたイエスが
目許をやんわりと細めて言い返す。

 「ブッダこそ、
  こういうカッコで面倒見がいい人だとは
  私も思わなかったよ?」

透けて奥底に光を飲んでいるかのような乳白の肌をし、
海の底のように深色の双眸と、表情豊かな口許が印象的な。
玲瓏透徹、知慧と慈愛が結晶化したような何とも清らかな人

 ……には違いなかったけれど。

 そんな柔らかで瑞々しい風貌と裏腹、
 優しいのと同じくらい、譲らぬものは譲らない、
 そりゃあ頑固なことでも頼もしいお人だったとは。

 「お料理もお掃除もどんどん得意になってしまって。
  しかもうなじとか口許とか
  ああまで色っぽいなんて気づいてなかったしvv」

 「なに、その満面の笑み。/////////」

それに、うなじや口許がどうのってのは、
想いも拠らなんだって挙げた例と かぶってないんだけど。
ウチワで こらこらとツッコミを入れれば、
そりゃあ素早く返されたのが、

 「だって、ついつい目に留まるんだもの、
  ブッダの可愛いところとかvv」

 「な…っ。////////」

しみじみと話してたはずなのに、何でいきなりそうなるかっと、
憤慨しかかったブッダだったものの、

 「う、あ…えと。///////」

ふふ〜んと玻璃色の目許を細めて微笑うイエスを
こうまで真正面にしてしまうと。
あああ、そんな真っ直ぐな眸で
可愛いところとやらを視線で撫でないでと、
たじろぎつつもお顔の紅潮が止められぬ。

 “もうもう…っ。///////”

思えば、
大好きだと告げられ、こちらからも伝えてからというもの、
ますますと落ち着けなくなってたブッダでもあって。
何たって六畳一間だから、

 “どこへ逃げても隠れようないしね。”(笑)

それに、困りつつも嬉しいのもホントの本音で。
自分だってイエスのお顔だの頬杖つくときの手だの、
知らず じいっと見つめているんだし。

 「こういう形でしか知り得ないことってのもあるんだよ。」
 「……うん。」

イエスの言いようはとっても判りやすかった。
天世界で見ていた彼も、
何を偽ってもない彼だったに違いないけれど。
こうやって間近にいればこそ判ることを積み重ね、
少しずつ判って来た、素性・本性 丸出しの彼もまた、
それは意外で、それは……素敵でvv
誰に聞いたものでもなく
自分で気づいて自分で確かめたことなればこそ、
愛しさも深くて甘やかで。

 “これが幸せということなのかなあ。”

驚かされることも多いけど、
振り回されては眸を回しもするけれど。
それでも“好きだ”ってところは変わらないし、
ますますのこと愛しくてたまらなくなる。
彼への“好き”も、どんどん どんどん深くなる…。

 「…でも、
  冷蔵庫にチラシ張ってた“タブレット”とやらは買わないよ?」

 「えー?」

PCよりは安いんだよ?
ダメです。つくもんが泣いちゃうよ?
だから、サブとして使うんだってばぁ。
どうしてもほしいなら、アルバイトすれば良いでしょう?

 「う…。」

こいつは二の句が継げないじゃないと、
口ごもってしまったイエスだったのへ。
新しく氷を足したグラス、こちらは丁寧に両手がかりで差し出して、

 「ただし。」

んんんっと咳き払いして、何か言い足したいらしいブッダでもあり。
う?と どっかのわんこみたいに小首を傾げて続きを待てば、

 「日に4時間以上のはダメなんだからね?」
 「う??」

何だ? その微妙な条件て。
直訳するとそんなところか、
逆方向へと小首を傾げ直したイエスわんこだったけれど、








 「だって、寂しいんだもの。///////」

 「〜〜〜〜〜〜〜。///////」


注釈;うあ、何それ何その顔、何でそんな上目使いなんかするかな。眸もいつもより潤ませてっ。不安や不満は隠さずぶつけてとは言ったけど、だからっていきなりそんな、パワフルで魔性なのぶつけますかあなた。あああ、そんなの狡いよ狡いっ。ああでも、ハニーが可愛いのは男の誉れだしなぁvv それよか、よその人へ向けちゃダメだよと指導するのが先かも……。/////////



  やっぱこの星は平和よ、平和。(笑)







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  *後半へ続きます。(まだ書くか)笑

   ところで、イエス様もブッダ様も
   喫茶の習慣はなかったと思うのですが。(ブッダは微妙かな?)
   茶葉が欧州へ渡ったのは大航海時代の後ですし、
   一般にまで普及したのは更に工業生産が盛んになってからでしたからね。
   紀元前すれすれ時代の飲み物と言えば、
   ブドウ酒かヤギの乳か水しかなかったと思われますので、
   イエスのコップの持ち方へ、
   熱いカップが持てなくてという理屈が微妙に通らず、
   ああしまったと慌てたのはここだけの話です。
   落ち着いて考えりゃ、温めたヤギの乳くらいは飲んだでしょうにね。
   (しかも陶器はまだないから、真鍮かぎあまんのコップで。)

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